― 前編では、「ゴスペラーズ」酒井さんの歌いながら旅をしてパンに出合う姿について伺ってきました。今回は、ローカルパンブームの今について、酒井さんの見解を伺いたいと思います。
― 酒井さんから見て、ローカルパンの世界にはどんな変化が起きていますか?
ロングセラーのローカルパンが燦然とコンビニやスーパーの棚に君臨する一方で、コンビニのプライベートブランドや、全国で同じパンを販売しているようなメーカーにもご当地性が出始めました。ローカルパンが脚光を浴びるなかで、トレンドが逆流してきたように思います。
例えば、全国を網羅するメーカーでも、レトロ調のパッケージでロングセラーを復刻した商品が発売されたり、東北地方にある全国チェーンのコンビニに「福田パン」(岩手県のローカルパン)ライクなパンがしれっと並んでいたり(笑)。
僕は愛知県出身なんですが、愛知県民のあんこ好きは異常なレベルで、驚くほどのあん推しなんです。小倉フレンチトーストみたいなオリジナルメニューのパンが、愛知県のコンビニには並んでいるんですよ。フレンチトーストの中がムリっと広げられて、握りこぶしほどあるんじゃないかと思われるすごい量のあんが入っていたりしてね。愛知県民総崩れみたいな、すごい球を投げてくるんです。
他にもコンビニでは、牧場のミルクを使ったクリームサンドにもご当地性がある。例えば、中国地方に行くと、「蒜山ジャージー牛乳使用」と書かれたシールが貼られているのが、東北になると「蔵王産牛乳使用」という感じで。要は地域で一番おいしいミルクを使ったクリームサンドということなんですが、このような微妙な違いがコンビニの中でも見えてくるのが面白いですね。
今まで標準語を使うように、均質に流通するメリットによって覇者となった全国メーカーが、もう一度ご当地性を取り入れる。まるで幕府が地方の勢力を倒さず味方に取り込んだようですよね。ローカル性は、競争の結果淘汰されてもよいものではなかったということに魅力を感じています。そこまで大きなブームであり、ご当地パンの良さを再評価するフェーズに差しかかっているのかもしれませんね。
― これほどローカル性の高いパンは、旅の目的のひとつと言っても過言ではないですね。
僕はゴスペラーズとして旅をすることで、「カニを北海道で食べるとこんなに美味しいんだ!手が全く臭くならない」という驚きや、「いくらの醤油漬けだから赤いのであって、新鮮な鮭から取り出したばかりのいくらは山吹色をしているんだ」というような驚きを知りました。工場パンでもそれは同じで、食べられる場所に出向いて食べるという考え方が明確になってきたんです。ローカルパンは東京在住の人にとって、地方に行かないと食べられない宝なんですよね。
― パンとゴスペラーズは逆転していない、といえども、パンを取り巻く今を冷静に分析されている酒井さんには驚かされます。そもそも、パンにここまで愛情を注ぐようになった原点はどこにあるのでしょうか。
中学校の風上に、敷島製パンの工場があったんです。学校に焼き上がりの風が吹いてくる。グランドにいるとパンの香りがするんです。これが後の自分を決定づけてしまうんですね。
その頃我が家が食材を買っていたのは、地方の本当に小さなスーパーだったんですが、パン工場近隣住民ということで、棚に並んだ焼き立ての三斤棒をスライサーで希望の枚数にスライスしてもらい、買うことができた。これが僕にとっては、黄金の輝きだったんですね。
愛知県は農業が盛んでお米が主食なんですけれども、それとは別にパンが戸棚に入っており、おやつとして押し頂いて食べる。お米を凝縮したのがお餅だとすると、小麦を凝縮されたのがパンなんですよね。“宮崎駿映画における小麦の輝き”という感じでありがたくパンを食べていました。
だから、パンの評価軸が“焼きたてのいい香り”にあります。最近は高級食パンブームになって、日本のパンの趨勢が自分の望む方向に向いてきた。独立系の小さなパン屋さんが各地に点在して腕を競い、生鮮食品のようにパンの袋の口を開けて置いていますよね。漁港で獲れたての魚を食べるごとく、パンを提供してもらえる時が来たと思っています。
それは、ヨーロッパからきたハード系のパンとは違う流れ。炊きたてご飯の流れなんです。もう一点、パンの何を重視するかというと“モイスチャー”。後にローカルパンしかり、高級パンしかり、ブームがどちらの方向に収れんしていくかを考えた時に、日本人はしっとりご飯に近いものを選ぶのではないか。そんな目でゆるく見ています。
【前編】旅の途中で出合ったパンを発信、その魅力とは?(公開中)
【中編】旅を続けてきたから分かる、ブームの先(本記事)
【後編】“デンプンエリート”としての生き方(公開中)
【番外編】「極みゆたか」食パンで実演、酒井流 食パンの楽しみ方(公開中)