― 本日はお忙しい中ありがとうございます。パンの語り部第2回目にして、日本を代表するヴォーカルグループ「ゴスペラーズ」の酒井雄二さんにお越し頂きました。
現在のご当地パンブーム、高級食パンブームが到来するはるか前から、酒井さんはツイッターなどを中心にパンへの並並ならぬ愛情が伺えるお言葉を発信されてきました。酒井さんのこれまでのパン活動について教えていただけますか。
テレビ番組で「マイブーム」としてご当地パンを紹介したり、ファンクラブ会報誌で「パンラボ」の池田浩明さんや、パンの絵本を出された「彦坂木版工房」のもりといずみさんと対談したり。また、全日本パンフェスのパンラボブースにてご当地パンの紹介や、昨年には「日清製粉グループ」のウェブサイトで池田さんと対談もしました。パンについての活動の中心はやはり、ローカルパンハンター(#ローカルパンハンター)として、2010年から始めたツイッターでのご当地パンに関する発信ですね。
― このローカルパンハンターとはどんな活動なのでしょうか。
僕が所属するゴスペラーズは、全都道府県でコンサートをやるようなグループでして。コンサートが終わって夜中のバス移動の途中のサービスエリアで、また宿泊先のコンビニで、つい見てしまうところがパンの棚だったんですね。
そこで、昔の「くいしん坊!万才」風に、夜10時前の5分間番組みたいな感覚で、「ローカルパンハンター」と名乗って、旅の途中で見つけたその地域にしかないパンについてツイートしていました。いわば道草ですね。
― ローカルパンに目覚めたきっかけは?
2000年代前半だったと思いますが、ツアーで沖縄に行った時、那覇市のコンビニに入っていつものように菓子パンを買って腹の足しにしようと思っていたら、パンの棚が全国メーカーのパンとかコンビニのプライベートブランドのパンではなくて、「ぐしけんパン」「オキコパン」といった見たことのないメーカーのパンで占められていたんです。雷に打たれたような強烈な驚きがありました。
オキコパン の「ゼブラパン」には、パッケージにシマウマの絵が描かれていまして、パン、カステラ、クリームを順に挟んで層を成して、断面がシマウマ柄のようになっていました。だから、ゼブラパンなんですね。また、ぐしけんパンには、カエルがイメージキャラクターになっている「なかよしパン」があり、みんなでちぎって食べるため、細長いパンに切れ目が入っているです。
― 沖縄で雷に打たれるほどの衝撃を受けた後、酒井さんはローカルパンに目覚めていくんですね。
当時はまだ、ケンミンSHOW的な視点で語られている発信もなくて。全国ツアーをする旅人の目線で「こんなのがあるんだ!」と新鮮な驚きが病みつきになって、発信するようになりましたね。全国の人からは「何それ?」という声が、その地域の人からは「懐かしい」「いつも食べています」という声が返ってくるのも面白いなあと。
あと、「やばいなローカルパン」という思いを強めたのは、岩手の「福田パン」。ツアーの途中でスーパーに寄ると、見たこともないコッペパンがずらりと並んでいて。ツイートすると、「ずっと食べています」「学校でも夏の野球場でも売られています」「あんバターのカロリーがすごいから気を付けてください」とリプライがどんどん飛んできた。「どうしてこんなに反応が強いのか」と思ったら、岩手のソウルフードだったんだと。
ツイッターが注目される東日本大震災前だったので、マニアがやっているという感じがありました。当時のラジオ番組よりもフォロワーからの反応が早くて、ローカルパンのニッチ性にいち早く気付くことができましたね。
― 2010年となると、かれこれ10年近く発信し続けている酒井さんが、ローカルパンを通じて改めてどんなことを感じていますか。
先ほど挙げた「ぐしけんぱん」や「オキコパン」は、パッケージも含めてどこか懐かしい感じがあるんです。それは、ロングセラーだからなんですよね。ロングセラーということは、「この味はよそにはないんだよなあ」「子どものころから食べていたからなんとなく手が出るんだよね」とか、みんなに愛される理由があって。
でも同時に、消えつつある何かでもある。メーカーの倒産などが理由でいつかは食べられなくなってしまうものかもしれない。なくならないで欲しいと署名運動が起きたと知ると、さらに愛すべきものなんだなあという思いが強まります。だから、僕は、深夜のコンビニで見たことのないパンを探すことが、旅をする者の務めのような気がしてきて、収集活動、研究につながっていったわけです。
また、パンは日本全国同じラインナップではないこと、パン工場からあまり遠くへ運べないということが分かりました。パンの消費圏というか各メーカーのエリアがあって、その圏内にいる人たちにとってそれがスタンダードで、圏外の人たちにとっては全く見たことがないものである、ということですね。
それはつまり、パンの運べる範囲を出れば別のパン圏があるということです。まちの美味しいパン屋さんのメニューの話とはまた別に、地域ごとに見たことのないパンがゴロゴロしていて、それが愛されているということが分かりました。
そして、ご当地パンについての書籍も出てしまうくらいブームになってしまった今、世に知られていないパンはもうないかもしれないけれど、自分は旅をしながら歌うゴスペラーズであり、自分の視点でパンと出合っていく。ご当地パンを洗いざらい食べて編纂していこうという気持ちはなく、ツアーありきの発信がこれからも続いていくことになると思いますね。
【前編】旅の途中で出合ったパンを発信、その魅力とは?(本記事)
【中編】旅を続けてきたから分かる、ブームの先(公開中)
【後編】“デンプンエリート”としての生き方(公開中)
【番外編】「極みゆたか」食パンで実演、酒井流 食パンの楽しみ方(公開中)